青森地方裁判所 昭和41年(わ)20号 判決 1966年3月31日
被告人 石田精志
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四一年二月七日午後四時ごろ、青森県上北郡天間林村大字天間館字下鳥谷部七二の一、鳥谷部公民館前路上において、天間孝一(昭和二四年一月生)に対して、口のきき方が悪いといいがかりをつけたうえ、やにわに、所携の刃物(昭和四一年押第一四号)で同人の下腹部をつき刺し、その結果、同人に対し加療一ケ月を要する下腹部刺創の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為につき 刑法第二〇四条(懲役刑選択)
未決勾留日数の刑の算入につき 刑法第二一条
訴訟費用の負担につき 刑事訴訟法第一八一条第一項但書
なお、本件起訴状記載の公訴事実によれば、被告人が前示犯行の用に供した刃物(昭和四一年押第一四号)は「あいくち」とされ、また、その罪名・罰条は「暴力行為等処罰ニ関スル法律違反・同法第一条ノ二」とされているが、当裁判所は、被告人の判示所為が同条に該当しないと判断するので、その理由をつぎに摘記する。
暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二の規定は「銃砲又ハ刀剣類」を用いてなされた傷害につき傷害罪の加重類型を新設したにほかならない(昭和三九年法律第一一四号、同年七月一四日施行)が、その立法の趣旨に徴すれば、同条所定の「刀剣類」の定義は、右施行期日当時施行されていた銃砲刀剣類等所持取締法(昭和三三年法律第六号、現行「鉄鉋刀剣類所持等取締法」)第二条所定の定義に従うべきことは多言を要しないところであるから、本件刃物が、公訴事実のとおり、右法条にいわゆる「あいくち」であるとすれば、被告人が暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二所定の刑事責任をまぬかれないことはもちろんである。ところで、ある特定の刃物が、右の「あいくち」に該当するかどうかは、それが、社会通念上「あいくち」とされるものの類型にあてはまる形態、実質をそなえる刃物かどうかによつて決すべきものである(最高裁第三小法廷昭和三一年四月一〇日判決・刑集一〇巻五二〇頁)が、これを本件刃物について見ると、本件刃物は刃体の長さが一五センチメートル余であつて、その形態は別紙写真が示すように、先たんのとがつた極めて鋭利な片刃の刃物で、つばもなく、木製の柄および鞘をそなええ、一見、いわゆる「あいくち」に酷似するものではあるが、右刃物は、当地方において「さばさき庖丁」と呼ばれるものであつて、その名が示すように、もつぱら漁業関係者らが日常「さば」「するめいか」等の魚類を処理するために用いるものであり、一般に市販もされているし、その携帯が銃砲刀剣類所持等取締法第二一条の規定による取締の対象となることがあることは格別、同法第三条、第四条の規定による所持禁止又は許可等の取締の対象ともされるものではないことは、当裁判所に顕著な事実である。そうして見ると本件刃物は、その形態の酷似にかかわらず、その実質は、いわゆる調理用具の域を出ないものであつて、社会通念上「あいくち」の類型にあてはまるものと見ることは疑問であり、かつまた、同法第二条所定の「あいくち」をのぞく他の刀剣類にあてはまるものと見ることもできないから、結局、被告人の判示所為につき暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二の規定を適用することはできない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 原島克己)